ECONOMICS / STORIES & SYSTEMS
お金は、どんな約束で動いているのか。
古代の穀物の帳簿から産業革命、世界恐慌、現代の世界経済まで。長い経済の歴史を一つの読み物でたどり、気になった実話や仕組みを深く読める。
01 / READING
経済史――世界の暮らしはどう変わったか
通史を入口に、工場制、株式会社、世界恐慌、戦後の国際経済へ。初めから順番に読んでも、気になる時代から読んでも。
経済の歴史――穀物の記録から、世界がつながるまで
古代の穀物の帳簿から遠隔地交易、株式会社、産業革命、世界恐慌、戦後の国際経済まで。人々の働き方と暮らしがどのように変わったのかを一つの流れとして描く経済史の通史。
産業革命は、機械だけでなく人々の働き方と暮らしを変えた
農村の家庭で糸を紡ぐ仕事は、なぜ工場に集まったのか。織機・水力・蒸気機関、安価な衣服、都市化、児童労働、奴隷制とのつながりまで、一つの歴史としてたどる。
株式会社と資本主義の歴史――遠洋航海の出資から世界の証券市場へ
商人はどのように資金を集め、損失を分散したのか。1602年のオランダ東インド会社、1694年のイングランド銀行、株式会社の所有と経営、近代の資本主義までをたどる。
世界恐慌はなぜ長引いたのか――株価暴落から銀行危機、失業と政策転換へ
1929年の株価暴落だけでは世界恐慌を説明できない。銀行の破綻、金融収縮、デフレ、国際金本位制、政策の失敗と改革を実際の生活の変化からたどる。
戦後世界経済の歴史――金とドルの約束から、為替が動く時代へ
1944年のブレトンウッズ会議は戦後の通貨秩序の出発点となった。IMF、世界銀行、固定相場、1971年のドルと金の交換停止、貿易の拡大と日本の高度成長を一つの流れで描く。
世界最古級の文字が記したのは、神話より先に穀物や羊の数だった
古代の粘土板から、壮大な王の物語ではなく、穀物や家畜の数量を書いた記録が見つかる。メソポタミアで文字が発達した背景には、都市で食料や物資を管理しなければならないという切実な必要があった。
シルクロードを旅した絹は、何人もの商人の手を渡った
中国で織られた絹が遠く西の市場に届くまで、同じ商人が最初から最後まで運んだとは限らない。山を越え、オアシスへ到着し、別の商人へ渡され、さらに遠い町へ。商品が人の手を替えながら移動する仕組みが、広大な交易を支えていた。
02 / READING
中国・アフリカ・アメリカをつないだ経済史
約100万人の宋代都市、インド洋の港町、アンデスの銀山、太平洋を渡る船。働き方や貿易の歴史を地域ごとに読み解く。
宋代中国の都では、約100万人が暮らし、街路に店や食堂が並んでいた
宋代の開封と杭州は約100万人規模の大都市だった。商売する区画の制約が緩み、街路の店・飲食店と運河による物流が発達した。絵巻と史料から中世中国の商業都市を読む。
中世の東アフリカの港町には、中国の陶磁器が届いていた
13〜16世紀のキルワは、金や象牙を輸出し、中国の陶磁器やインドのビーズ、ペルシアの器を受け入れていた。ヨーロッパ大航海時代より前のインド洋経済をたどる。
16世紀のポトシ銀山には140基の製粉設備があり、世界の通貨を動かした
現在のボリビアの標高約4000mにあるポトシは16世紀の大規模な銀生産地だった。22の貯水池、140基の鉱石処理設備、強制労働。銀が大西洋を越え世界の取引を変えた歴史。
アメリカ大陸の銀は、太平洋を越えて中国の絹や陶磁器と交換されていた
1565〜1815年のマニラ・ガレオン貿易は、フィリピンのマニラとメキシコのアカプルコを結んだ。アメリカ大陸の銀とアジアの絹・磁器が往来する巨大な交易網の歴史。
黒死病で働き手が減ったイングランドは、1351年に賃金の上昇を抑える法律を作った
1348年に黒死病がイングランドに到来すると労働力が不足した。1351年の労働者条例は賃金の上限、転職、雇用を規制した。疫病が労働市場と国家の関係を変えた歴史。
03 / READING
共産主義と社会主義――計画経済と市場の歴史
マルクスとエンゲルスの生涯、1848年の宣言、『資本論』、ソ連の計画経済、中国の改革開放まで。思想を生んだ人々と実際の制度の違いを読む。
マルクスとエンゲルス――資本主義を批判した思想家と、その研究を支えた工場経営者
1818年生まれのマルクスと1820年生まれのエンゲルスは、1844年に協力を始めた。英国の工場、1848年の『共産党宣言』、ロンドンでの貧しい暮らし、1867年の『資本論』、死後の編集まで。二人の生涯と思想を経済史から描く。
共産主義の経済史――マルクスの思想からソ連の計画経済、中国の改革開放まで
1848年の共産党宣言、1917年のロシア革命、ソ連の五カ年計画と農業集団化、中国の改革開放、ユーゴスラビアの労働者自主管理。思想と実際の経済制度を区別して歴史をたどる長編。
エンゲルスは綿工業の共同経営者として働き、その収入でマルクスを支えた
資本主義を批判したエンゲルスは、マンチェスターの綿糸企業Ermen & Engelsで働き、1864年には共同経営者となった。商売で得たお金と実務知識が『資本論』をどう支えたか。
『資本論』の第2巻と第3巻は、マルクスの死後にエンゲルスが編集した
マルクスが自ら刊行した『資本論』は1867年の第1巻だけだった。1883年の死後、エンゲルスが未完成の草稿を整理し、1885年に第2巻、1894年に第3巻を刊行した。研究者が編集の影響を再検討している。
『共産党宣言』は、1847年に政治団体から依頼されて書かれた
1848年2月にロンドンで出版された『共産党宣言』は、共産主義者同盟の綱領を書くよう依頼されたマルクスとエンゲルスがまとめた政治冊子だった。二人の年齢と成立の経緯をたどる。
1921年、レーニンは市場での売買を復活させた
ロシア革命後の戦時共産主義によって農業と工業は混乱した。1921年に導入された新経済政策(NEP)は、農民への徴発を税に変え、小売業や小規模事業に市場取引を戻した。
ソ連の五カ年計画では、工場が何を何個作るかまで国家が決めていた
1928年の第一次五カ年計画は石炭、鉄鋼、機械の生産を急拡大させようとした。生産目標と資源配分の仕組み、工業化の進展、商品不足や農業集団化の負担を解説。
1978年、中国の農村で18戸の農家が密かに契約を結んだ
安徽省小崗村の18戸は集団農業の中で生産を各世帯に割り振る契約を結んだ。この試みは後に家庭請負責任制として広がり、中国の経済改革の象徴となった。
1950年、社会主義国ユーゴスラビアは工場の運営を労働者評議会に任せ始めた
ソ連と対立したユーゴスラビアは1950年に労働者自主管理の基本法を採用した。企業の社会的所有、市場を使った価格、労働者評議会の仕組みと限界を解説。
04 / READING
日本経済史――江戸の商人から高度成長まで
米を扱う商人、藩ごとの紙幣、土地の税、明治の工場、戦後の新幹線。世界史とつながる日本の経済の歩み。
日本経済の歴史――米と商人の江戸から、工業化・高度成長・現代まで
江戸の米市場と藩札、明治の地租改正と製糸場、戦後の高度成長、新幹線の世界銀行融資、石油危機とバブル。日本経済がどう変わったのかを暮らしと制度からたどる長編。
江戸時代には200余りの藩が、それぞれ独自の紙幣を発行していた
金貨・銀貨・銅銭だけでなく、藩ごとに紙幣が発行され、米や傘を額面の基準にするものまであった。現代の「全国で同じ円」が当たり前になる前の経済。
1873年、日本の土地税は原則「収穫した米」ではなく「土地の値段の3%」になった
明治の地租改正は税を米で納める方式から金銭へ、収穫量に依存する仕組みから地価を基礎にする仕組みへ変えた。凶作でも税額が変わらない制度が農村と国家財政をどう変えたのか。
1960年、日本政府は「10年以内に経済を2倍にする」と掲げた
池田内閣の国民所得倍増計画は1960年に閣議決定された。目標は一人ずつの給料を必ず2倍にすることではなく、実質国民総生産を10年以内に倍増させることだった。
東海道新幹線は、世界銀行から8,000万ドルを借りて建設された
1964年に開業した東海道新幹線には1961年の世界銀行融資8,000万ドルが使われた。戦後の日本は31件の事業で約8.6億ドルを借り、最終返済を終えたのは1990年だった。
バブル経済はなぜ崩壊し、日本の銀行を1990年代まで苦しめたのか
1980年代後半、土地と株式の値上がりは融資の拡大と結び付いていた。株価の下落、地価の下落、不良債権、1997〜98年の金融危機まで、景気後退が長引いた仕組みをたどる。
05 / READING
経済史で起きた、信じられない実話
宋代中国で生まれた紙幣、1720年の株式バブル、戦争資金から生まれた銀行、政府が閉めた銀行の窓口。
世界初期の紙幣は、ヨーロッパより約600年前の中国で使われ始めた
宋代の中国では重い銭貨の代わりに商人が証書を使い、11世紀には政府が紙幣を発行した。貨幣の歴史が金属から紙へ移る大きな変化は、東アジアで始まっていた。
1720年、国の借金を引き受けた会社の株が暴騰し、バブルが崩壊した
英国の南海会社は政府債務の引受けに関わり、1720年に株価が急騰した。実際の南米貿易は限定的だった。国の借金と投機が結び付いた金融史の事件。
1602年、オランダの会社は一般の人々から出資を募り、その持分を売買できるようにした
オランダ東インド会社が1602年に発行した株式は、近代的な証券市場の重要な起点となった。遠洋航海の巨額費用と損失リスクをどう分け合い、どのような会社が成立したのか。
イングランド銀行は、フランスとの戦争費用120万ポンドを集めるために生まれた
1694年、イングランド銀行は120万ポンドを集め政府に融資した。1200人を超える出資者、8%の利息、税収による返済を支える仕組みから中央銀行の起点をたどる。
1933年、アメリカ政府は全国の銀行取引を停止した
世界恐慌で銀行が次々に破綻し、ルーズベルトは1933年3月に全国の銀行取引を停止した。預金を守ろうとして引き出せなくするという政策の背景と、その後の再開を追う。
1971年、アメリカ大統領は外国の中央銀行へのドルと金の交換を停止した
戦後の国際通貨体制ではドルが金に結び付いていた。しかし外国のドル保有が増え、1971年にニクソン政権は公的な金交換を停止した。変動相場制へ向かう転機を追う。
江戸時代の大阪には、現代の先物取引所の原型があった
1730年に幕府が公認した大阪の堂島米会所では、米を実際に運ぶだけでなく、将来の価格を見込んだ取引が行われていた。米切手、米価の伝達、先物取引の仕組みをたどる。
英国の国会議事堂は、古い税金の記録を燃やそうとして大火災になった
1834年、役所が処分しようとした古い木の会計棒「タリースティック」が火災の原因となり、英国議会の建物が焼け落ちた。木片で税を記録した時代から近代会計への変化。
06 / READING
お金と市場の仕組み
人々の取引から、銀行、物価、景気、国の経済へ。
中央銀行が金利を動かすと、なぜ買い物や物価まで変わるのか
中央銀行はお店の価格を直接決めない。それでも金利や銀行の資金調達条件を通じ、企業投資、住宅ローン、需要、物価に影響を与える。日本銀行の金融政策を読み解く。
需要と供給はなぜ価格を決める? 曲線の交点にある秘密
価格は誰かが勝手に決めるだけではない。買いたい量と売りたい量の関係から、均衡価格という考え方が生まれる。
農家100円、製粉会社150円、パン屋250円。GDPはなぜ500円ではなく250円なのか
小麦が小麦粉になり、パンになるたび売上が生まれる。でもそれを全部足すと同じ価値を何度も数えてしまう。GDPの付加価値をパン一つの流れから考える。
値上がりが止まっても、物価は元に戻らない
スーパーで去年100円だった品物が今年110円になったとする。来年も110円のままなら、値上がりは止まったことになる。けれどレジで払う金額は、以前より10円高いままだ。
巨大な石でも、紙切れでも、お金になれる――貨幣を成り立たせる三つの役割
ヤップ島の巨大な石貨も、重い銅板の貨幣も、紙の銀行券も、社会で取引に使われてきた。材料ではなく役割から考えると、現代の貨幣の仕組みが分かる。
円安・円高とは? 1ドル150円と100円、どちらが円高かを図なしで理解する
円安と円高は円の交換価値の変化。なぜ数字が大きいと円安なのか、金利差で動く理由、輸入品・輸出企業への影響まで日本銀行の資料をもとに整理。
工場の安い製品が、周辺の住民には高くつくことがある
ある工場が安い商品を大量に生産し、買い手は喜んで購入した。ところが工場から出た汚染物質が川へ流れ、下流の住民は浄水や健康被害への対処に費用を払うことになった。工場と買い手の取引だけを見ていたら、この損失は値札に現れない。
07 / READING
貨幣・金融・資源をめぐる実話
重い硬貨、破綻した銀行、桁の多すぎる紙幣、石貨や資源収入。
スウェーデンには重さ約20kgの銅貨があった
17世紀のスウェーデンでは、貨幣が大きな銅板になり、最大級のものは19.7kgに達した。重すぎる硬貨が紙のお金を受け入れる背景の一つになった。
ヨーロッパ最初期の本格的な紙幣を出した銀行は、信用を失って破綻した
1661年、ストックホルム銀行が紙幣を発行。重い銅貨を持ち歩く必要がなくなったが、発行の増加と取り付けが銀行の破綻につながった。
ハンガリーでは「1垓ペンゲー」という紙幣が実際に発行された
1946年のハンガリーでは20個のゼロが並ぶ額面の銀行券が登場。記録的なハイパーインフレの中で、お金の数字だけが膨らむ現象をたどる。
ミクロネシア連邦には、動かさずに持ち主が変わる石のお金がある
財布に入らないほど大きな硬貨は、もはやお金として役に立たない。そう思うかもしれない。だがミクロネシア連邦のヤップ島には、巨大な石の円盤を財産として扱う伝統がある。
フィジーには7ドル札がある。その理由はラグビーだった
財布から「7ドル札」が出てきたら、偽札を疑うかもしれない。紙幣の額面といえば、1、5、10、20、50といった数字が一般的だからだ。ところがフィジーでは、本当に7ドル札が発行された。
カナダの1セント硬貨は、1枚作るのに1.6セントかかっていた
額面1セントの硬貨を製造する費用が1.6セント。カナダは小さな硬貨の製造と配布を取りやめたが、現金支払いの端数処理と電子決済の扱いはどう変わったのか。
アラスカでは条件を満たす住民に、州の基金から毎年配当金が支払われている
石油収入を基盤として設けられたアラスカ永久基金は投資によって運用され、1982年から住民に配当金を支払っている。資源と公共の富を分ける仕組み。
ノルウェーの政府基金は、世界の上場企業の株式を平均約1.5%保有している
石油・ガス収入を基盤に設立されたノルウェーの政府年金基金グローバルは、世界の約7100社に投資し、上場株式を平均約1.5%保有。なぜ資源国が海外に巨額投資するのか。
ナウルは鳥のフンで豊かになり、国土の大半が掘り荒らされた
太平洋にあるナウルは、面積約21平方キロメートルの小さな島国だ。かつてこの島は、一人当たりの経済規模で世界有数の豊かさを誇った。
ソマリランドの紙幣には、承認をめぐる国際政治が写っている
市場で紙幣を受け取ると、「ソマリランド」の名が書かれている。政府も通貨も議会もある。ところが世界地図では、ここを独立した国として扱わない地図が多い。