百科事典 · 経済

株式会社と資本主義の歴史――遠洋航海の出資から世界の証券市場へ

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更新日:2026-10-31

一隻の船を外国に送り、香辛料を買って帰る。取引が成功すれば大きな利益になるかもしれない。だが途中で船が沈めば、出資したお金は失われる。

16〜17世紀の長距離貿易は、大きな商機と大きな危険を同時に抱えていた。船を一隻出すだけで多額の資金が必要になるなら、ひとりの商人や一家で負担するのは難しい。

そこで複数の人々が出資し、利益と危険を分け合う仕組みが発達した。この発想は古代・中世の共同出資にも見られたが、近世ヨーロッパでは継続して活動する会社の持分を大勢が売買できる仕組みが大きく発展した。

1602年、投資した持分を売買できる会社

オランダ東インド会社(VOC)は1602年に設立され、幅広い投資家に出資を募った。同社の持分はアムステルダムの市場で売買され、現代の株式市場の重要な先例になった。

1606年のVOC出資持分の払込記録

1606年9月27日付のオランダ東インド会社の出資払込記録。1602年の設立当日の証書ではない。VOCの歴史文書 / Wikimedia Commons / Public domain。

出資した人が資金を回収したくなったとき、会社が毎回船を売り払うわけにはいかない。だが自分の出資持分を他人に売れるなら、会社は事業を続けながら、投資家は持分を手放すことができる。

こうして、会社そのものと投資家の持分の売買が切り離される。会社は長期の事業に資金を使い、投資家は株式市場で売買できる。市場価格は企業の将来性への予想によって変動し、利益だけでなく損失も生まれる。

ただしVOCを最初の会社と呼ぶのは正確ではない。商業組織も共同出資も、それ以前から世界の各地に存在していた。1602年の画期性は、広く出資を募り、流通する株式を用いた継続的な大規模事業の仕組みにあった。

東インド会社を、現代の普通の企業として見てはいけない

VOCは香辛料を平和に買い付けるだけの商社ではなかった。オランダ国家から独占的な特権を与えられ、軍事力を用い、アジア各地の交易と領土支配に深く関与した。

暴力や強制を伴う植民地支配も、その活動の一部だった。株式市場が発達したことを祝うだけでは、そこで得られた利益の背景を見失う。

当時の会社は、現代の企業と同じように政府から独立した存在でもなかった。独占権、貿易許可、外交・軍事上の権限など、国家の力と結び付いた部分が大きい。

資本主義を、市場が勝手に動いて国家の役割が消えた歴史として語ることはできない。会社が商業上の権利を持てるのも、所有や契約を守る制度があるからだ。

株主が会社を所有し、経営者が運営する

現在の株式会社でも、株主は会社に対する持分を保有する。しかし株主一人ひとりが工場の設備を個人の所有物として自由に持ち出せるわけではない。会社は法律上、株主とは区別される主体として事業を営む。

株主は株主総会で取締役の選任などを行い、配当を受け取ることもある。経営者や従業員は、会社が日々どう運営されるかに関わる。株式保有と経営の役割が分離することにより、大規模な事業を多くの出資者の資金で続けやすくなった。

一方、株主の利益と従業員の利益が一致するとは限らない。設備投資にお金を使うのか、配当を増やすのか、賃金を上げるのか。会社の収益の分け方には対立も生まれる。

有限責任という考え方も重要だ。一般に会社の株主は、会社の債務について出資額を超える責任を負わない。事業が失敗したときの損失を限定することで、出資を集めやすくする。ただし時代や地域により責任のルールは異なり、今日の法律を17世紀にそのまま当てはめることはできない。

1694年、戦争の資金が銀行を作った

近世の金融は商人だけの問題ではなかった。国家も戦争や行政の費用を賄うため、長期間にわたって資金を借りる必要があった。

1694年、イングランド銀行はフランスとの戦争の資金を集めるために作られた。1,200人を超える出資者から120万ポンドを集め、それを政府へ融資した。現代の中央銀行とは異なり、設立当初は民間の株主を持つ会社だった。

ロンドンのイングランド銀行本店

現在のイングランド銀行本店。1694年当時の建物ではない。撮影:Eluveitie / Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0(表示用に縮小)。

国家は将来の税収などを返済の財源として資金を借り、投資家は利息を受け取る。近代的な国債市場や銀行は、政府への信用と税制の能力によって成長した。

イングランド銀行が始まった時の融資には、創設を可能にした数字が詳しく残されている。現代の中央銀行が民間銀行や経済を支える役割も、この歴史の上に成立している。

資本主義は一つの発明品ではなかった

資本主義という言葉は、資本の私的所有、利潤を目指す事業、商品・労働・資金の市場取引などが重要な役割を果たす経済の仕組みを指すときに使われる。

しかしこれらの要素が、ある年にまとめて発明されたわけではない。古代・中世にも商人や貸付はいたし、近世の国家は独占権や税を用いて商業に深く介入した。

18〜19世紀の産業革命によって工場や機械に大量の資本が投下され、都市に賃金労働者が集まると、資本を所有する人と雇われて働く人の関係が経済の中心的な問題になった。 この関係を批判する思想の一つとしてマルクス主義が発達した。マルクスとエンゲルスは資本主義の生産の仕組みを分析し、20世紀には共産主義を掲げる国家の経済制度が成立した。

工業化が進むにつれ、会社法、銀行制度、証券市場、会計の基準、労働法なども発展した。自由市場の重視、政府の規制、労働者の権利、福祉国家の役割は国ごとに違い、現代の資本主義も一つの型ではない。

株式会社と株式市場の歴史を理解するには、投資家が利益を追う話だけでは足りない。利益を生むために誰が働き、誰が危険を引き受け、政府が何を認め、誰の権利が守られたかまで見ていく必要がある。

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REFERENCES

参考文献・出典

  1. 417th Anniversary of the Amsterdam Exchange ↗Euronext
  2. The first company shares ↗Euronext(歴史資料)
  3. Who owns the Bank of England? ↗Bank of England(設立時の株主と資金調達)
  4. Why was the Bank of England founded? ↗Bank of England(1694年の成立経緯)
  5. Interwoven Globe ↗The Metropolitan Museum of Art(世界の繊維貿易史)

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