17世紀初頭のオランダで、東インドへの遠洋航海に必要なお金を大勢の投資家から集める仕組みが始まった。
1602年に設立された**オランダ東インド会社(VOC)**は、一般の人々にも出資の道を開いた。そして出資の持分を他人へ売ることができた。この仕組みは、現在の株式市場につながる重要な先例となる。

1606年9月27日付のVOC出資持分の払込記録。1602年の発行当日の文書ではない。VOC制作の歴史文書 / Wikimedia Commons / Public domain。
船が帰らなくても、事業を続けられる仕組み
東南アジアからヨーロッパへ香辛料を運ぶ航海には、多額の費用がかかった。船を準備し、乗組員を雇い、武器や食料を積み、何か月もかけて海を渡る。風や病気、敵との戦闘によって船を失う危険もある。
一人の商人が費用をすべて負担していたら、一度の失敗で財産を失いかねない。そこで多数の投資家から資金を集め、一つの会社で複数の航海を組織する方式が発達した。
会社が長く活動するためには、投資家がお金を引き出したいときに、会社の船や倉庫を一つずつ売却しなくてもよいことが重要だった。投資家の持分がほかの投資家に売られれば、事業そのものは続けられる。
アムステルダムではVOCの株式が売買され、株価が形成された。現在のアムステルダム証券取引所につながる歴史を持つEuronextは、1602年のVOCによる出資募集を、公開株式市場の重要な起点と位置付けている。
株式を売れば、出資したお金がそのまま返るのか
投資家が会社の持分を購入するのと、会社にお金を貸すのは違う。貸付なら、条件に従って元本や利息の返済を求める権利が生まれる。出資した場合は、利益が出れば分配を受けられる可能性がある一方、事業が失敗すれば価値が下がる。
持分を他人に売るときの価格も、出資時と同じとは限らない。利益が大きいと期待されれば高く売れることがあり、反対に航海の失敗などが予想されれば価格は下がる。
このように出資持分を売買するための市場が成立すると、企業に長期の資金を供給する方法が広がる。現在の株式市場にも通じる発想だ。
株式市場の歴史には、植民地支配の歴史も含まれる
VOCは商業会社であると同時に、軍事力や独占的権限を持った組織だった。オランダ国家から特別な権利を与えられ、アジア各地で強制と暴力を伴う支配にも関わった。
出資者に利益が分配されたからといって、それが誰にとっても自由な取引だったとは言えない。現地の住民や生産者には大きな犠牲が生じた。
だから1602年は、株式市場が生まれた日付として面白いだけでなく、商業と国家権力がどのように結び付いていたのかを知る入口にもなる。
なお、現在の株式会社のあらゆる特徴が1602年に一度に完成したわけではない。商人の共同出資も証書も古くから存在した。VOCの新しさは、それらを組み合わせて、広く取引される持分を持つ大規模で継続的な会社を作った点にある。