『資本論』はカール・マルクスの代表作として知られている。現在では第1巻、第2巻、第3巻を一組の著作として扱う場合が多い。
しかし、1867年に出版された第1巻と、後に出版された2冊には大きな違いがある。
マルクス自身が生前に刊行できたのは第1巻だけだった。第2巻は1885年、第3巻は1894年、親友のエンゲルスが遺された原稿から編集した。

2014年撮影:Illustratedjc。画像加工:Lämpel / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0。現存する初版本を撮影したもので、1867年当時の写真ではない。
第1巻はマルクスが自分で出版した
マルクスは商品と貨幣、資本、労働力、剰余価値をめぐる問題を長く研究した。1850年代から経済学の大量の資料を読み、原稿を書き、構成を何度も作り直していた。
1867年にドイツのハンブルクで出版された第1巻は、資本主義の生産過程を中心に論じた。英国内の工場についての公的な調査報告や、古典派経済学の著作なども利用している。
しかしマルクスは、商品の生産だけを説明すれば資本主義の分析が終わるとは考えていなかった。商品が売れ、資金が回収され、再び生産に投資される過程や、全体の利潤率、信用、地代なども論じる計画だった。
1883年、未完成の草稿が残された
1883年、マルクスが死去すると、その仕事は途中のまま残った。原稿はきれいな完成文書として一冊ずつ整理されていたわけではない。
第2巻と第3巻に関連する草稿は、書かれた時期も内容の完成度も異なり、文章の順序や見出しが決まっていない箇所もあった。
エンゲルスは遺稿から刊行できる形にまとめる作業を引き受ける。1885年に第2巻を出版し、第3巻を出したのはその9年後の1894年だった。マルクスの死からは11年が経っていた。
なぜこんなに時間がかかったのか。草稿の読み解き、内容の整理、文章のつながり、理論上の未解決箇所など、複雑な問題があったからだ。
編集者が見出しを付けるだけでも、意味は変わりうる
文章が途中で終わっている原稿を読者に届けるには、編集者の判断が必要になる。
例えば別の時期に書かれた二つの草稿を連続する章として配置したり、説明が不十分な箇所を整理したり、長い段落に見出しを付けたりする。そこには、著者が最終的にどう構成したかったのかという解釈が含まれる。
エンゲルスは自分の仕事をマルクスの思想を忠実に伝えるための編集だと考えていた。しかし後の研究者は、具体的な編集が議論の読み方に影響したのではないかと検討している。
ベルリン=ブランデンブルク科学アカデミーの批判的全集『マルクス=エンゲルス全集(MEGA)』では、刊行された『資本論』だけでなく、実際の草稿や修正を細かく比較している。
研究者ミヒャエル・ハインリヒは、エンゲルスによる第3巻の編集が章の構成や文章に相当の影響を与えたと論じている。ただし、どの程度まで著者の意図を変えたと考えるべきかは、研究上の議論がある。
本が完成したように見えることと、研究が完成していることは違う
現在、私たちが三巻の『資本論』を読めるのは、エンゲルスの仕事があったからだ。
しかし三巻が出版されたという事実だけでは、マルクスが自分で全体を最終決定したことにはならない。完成版として読まれてきた箇所の一部には、未完成の研究を編集でまとめたものが含まれている。
この歴史は学問の内容だけでなく、本がどのように作られ、読者に届くのかを考えるうえでも面白い。
『資本論』の著者としてマルクスの名前だけが示されることは多いが、彼の死後にその研究を読み継げる形にしたエンゲルスの役割は大きかった。