17世紀のスウェーデンには、約20kgにもなる銅の貨幣があった。それを持って取引する手間を考えると、金属の代わりに紙を渡すという発想は魅力的だった。
1661年、ストックホルム銀行はヨーロッパで最初期の本格的な銀行券を発行した。人々は重い金属を運ばずに取引できるようになった。
しかしこの発明の先駆者となった銀行は、後に経営破綻する。

1666年のスウェーデンの銀行券の史料画像。画像:Sveriges Riksbank / Wikimedia Commons / Public domain。表示用に縮小。
金属貨幣を預かる銀行から、紙で貸す銀行へ
当時の銀行の仕事の一つは、金属貨幣を預かることだった。大金を重い銅で持って歩くより、預金と引換証を使うほうが扱いやすい。
ストックホルム銀行は1656年に開業した。ところが1660年、スウェーデン政府が以前より軽い新しい銅貨を導入したため、古い重い貨幣を取り戻そうとする預金者が現れた。金属としての価値が高い貨幣を手元に置こうとしたのである。
銀行が保有する金属貨幣への引き出し要求が増えると、銀行は困る。そこで創設者ヨハン・パルムストルフは、紙の証書を発行する仕組みを進めた。
新しい銀行券の特徴は、単に預かった貨幣の引換証を発行するだけではなかったことだ。銀行が貸し出す際にも紙幣を発行できた。支払いに使える紙が増えれば、取引の手段が増える。
便利だった仕組みが、信用を崩した
発行された紙幣は利用者に好まれた。だが銀行が貸出を拡大し、紙幣が増えていくと、その価値への不安が高まった。
紙幣を受け取った人は、必要になれば金属貨幣に交換できると考える。しかし大勢が一度に交換を求めたらどうなるか。銀行に十分な金属がなければ、要求に応じられなくなる。
ストックホルム銀行では信用が低下し、銀行券の交換要求が増え、最終的に銀行は行き詰まった。スウェーデン中央銀行の歴史資料は、過剰な紙幣発行が価値の低下を招き、人々の引換要求と銀行の破綻につながったと説明している。
銀行券の発行は停止・回収へ向かい、創設者パルムストルフは後に裁判にかけられた。1668年には、破綻した銀行の経験を背景に、現在のスウェーデン中央銀行につながる銀行が設立された。
紙を刷ることと、信用を作ることは違う
紙幣は金属貨幣と異なり、その額面と同じだけの材料を必要としない。だからこそ、貨幣供給の仕組みを大きく変える可能性があった。
しかし紙に額面を書くだけで、人々が無条件に受け入れるわけではない。その紙を使って支払えること、受け取った人が次の支払いにも使えることへの信頼が欠かせない。
現在の中央銀行券は17世紀の銀行券と制度も法的な性質も異なる。それでも、貨幣への信頼が崩れれば深刻な問題が起こるという点は共通している。
この銀行は紙幣の可能性を示すと同時に、便利さだけでは通貨制度が成立しないことも示した。失敗した銀行の歴史から、現代の中央銀行へと続く道が開かれたのである。