1720年のロンドンで、ある会社の株が猛烈な勢いで買われた。会社の名前は南海会社(South Sea Company)。名前からは南アメリカを舞台に大儲けする貿易会社に思える。
しかし、実際の貿易は限られたものだった。会社が急速に注目を集めた理由の一つは、英国政府の巨大な借金を引き受ける仕組みだった。
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1720年の南海泡沫事件を風刺した版画。Bernard Baron制作・British Museum所蔵 / Wikimedia Commons / Public domain(表示用に縮小)。
貿易会社が、どうして政府の借金に関わるのか
南海会社は1711年に設立され、スペイン勢力下の南アメリカなどとの貿易で利益を得る権利を期待されていた。しかし、英国とスペインの政治的対立や戦争によって、実際に行える貿易は大きく制約された。
それにもかかわらず、南海会社の重要な事業は政府債務と結び付いていた。会社は英国政府への貸付や国債の引受けを行い、その見返りとして利益を得る構想を持っていた。
国債は政府が借りたお金を返済するという約束だ。一方、会社の株式は利益や将来の事業への期待によって価格が変わる。政府への貸付を、会社の株式を使った仕組みへ組み替えることは、金融の別の性質を持つもの同士を結び付ける試みだった。
1720年、株価の上昇が次の買い手を呼んだ
イングランド銀行の公式史によると、1720年には南海会社が政府債務の一部を引き受け、同社の株価が大きく上がった。
株価が上がると、人々はさらに上がると期待して株を買おうとする。株を買いたい人が増えると価格は上がり、その値上がりを見て新たな買い手が現れる。
この循環が続いている間は、実際の会社の収益よりも株価の値上がりそのものに注目が集まりやすい。
一方、利益の根拠に疑問を持つ人が増えれば、今度は売りたい人が増える。買い手が少なくなったとき、価格は急激に下がることがある。
南海会社の株価は1720年に暴騰したあと、急落した。多くの投資家が損失を被り、金融市場に強い動揺が生じた。
万有引力の法則で知られるアイザック・ニュートンも株を一度売った後、高値で買い直していた。数学者としての能力と、集団の熱狂の中で投資判断を貫くことは別の問題だった。
当時の人々自身が、この騒ぎを風刺した
上の版画は、後の歴史家が現代の株価バブルを説明するために作った絵ではない。1720年の当時、投機の熱狂を風刺するために制作された作品だ。
株価が異常な速さで上がり、人々が儲け話に夢中になったことは、当時の社会でも奇妙な出来事として認識されていた。
もちろん、騒ぎを描いた風刺画を、株を買った人全員の気持ちを表す記録として扱うことはできない。それでも投機への批判が同時代に存在していたという証拠になる。
国債の仕組みと株式の仕組みを知ると、違いが見える
南海泡沫事件の背景には、商人の貿易活動だけでなく、国家財政、戦争費用、金融機関と市場の関係があった。
国債は政府が債務を負う金融商品だ。株式は会社の持分である。会社の株価が上がったからといって、政府の債務が自動的に消えるわけではないし、会社が必ず利益を生むわけでもない。
株式市場は、多くの人の資金を企業へ集める力を持つ。その一方で、将来の利益への期待が大きすぎると、価格が事業の実態から離れる場合がある。
イングランド銀行が戦争資金から生まれた話と合わせて読むと、17〜18世紀の英国金融が国家の借金と深く結び付いていたことが分かる。
近代的な株式市場は成功の物語だけではない。制度の創設期から、投機と金融危機が繰り返されてきた。