1963年5月、アメリカの人工衛星が、長さ2センチメートルにも満たない銅線を地球の周囲へ放出した。その数は数億本。銅線は髪の毛より細く、一本一本は肉眼で見つけるのも難しい。
打ち上げたのは軍事通信の研究のためだった。これらの銅線を宇宙空間に散らし、人工的な電波の反射帯をつくろうとしたのである。
今日の通信衛星を知っていれば、巨大なアンテナを積んだ衛星を想像するかもしれない。しかしこの計画では、宇宙を漂う針そのものに電波を反射させることを考えていた。
通信衛星がまだ当たり前でなかった時代
冷戦中、アメリカ軍にとって大陸間の通信を確保することは重要な課題だった。長距離通信には海底ケーブルや電離層での電波反射などを利用できたが、どの方法にも制約があった。海底ケーブルは切断される可能性があり、電離層を利用する無線通信も条件によって不安定になる。
そこでマサチューセッツ工科大学のリンカーン研究所が考えたのが、地球を取り巻く人工の反射帯である。
電波には、金属の導体に当たると反射・散乱する性質がある。適切な長さの金属線を軌道上に十分な数だけ置けば、地上から送った電波を遠くの別の受信所へ返せるかもしれない。
この構想は「ウェスト・フォード計画」と呼ばれた。
宇宙に銅の針をまいた実験
1961年の最初の試験では、銅線が想定したようにうまく散らばらなかった。1963年の実験では、数億本規模の細い銅線を軌道へ放出し、時間をかけて広がらせた。
1964年の米国物理学会誌『Physics Today』は、4億本を超える銅製の線状導体を高度およそ3200キロメートルの極軌道へ置き、マサチューセッツ州とカリフォルニア州の地上局間で通信実験に利用したと報じている。
銅線は自分で電波を発信する衛星ではない。ただの受動的な反射体だ。地上の送信機が強い電波を送り、それを微細な導体の集まりで反射させ、遠くで受信する。
スミソニアン国立航空宇宙博物館には、銅線を宇宙へ放出するために使われた装置の試作品が収蔵されている。巨大なアンテナでも最新の通信衛星でもなく、ばねで容器を押し出して何億本もの銅線を広げる仕組みだった。
天文学者は歓迎しなかった
この計画には当初から反対もあった。望遠鏡で宇宙を調べる天文学者にとって、観測対象の前を人工物が横切ったり、電波観測に影響を及ぼしたりすることは好ましくない。人類が地球の周囲を人工物で埋めてよいのかという問題もあった。
当時の報告では、少なくともその実験の規模では大きな観測障害は確認されなかった。しかし、何億本もの金属線を一度に打ち上げるという発想は、人工衛星や宇宙ごみの問題を考える今日から見ると大胆である。
その後は、電子機器を積んだ通信衛星が急速に発達し、銅線の反射帯を使う方式は広がらなかった。
今、スマートフォンが世界中と通信できる背景には宇宙の通信衛星もある。その技術が整う前には、地球をぐるりと細い銅線で取り巻いて電波を反射させるという、本当に実行された実験があった。