現在のアメリカでは、各州の有権者が連邦上院議員を選ぶ。ところが建国当初の憲法は、それとは違う制度を定めていた。
上院議員を選ぶのは国民ではなく、各州の議会。この仕組みは、1789年から1913年までの長い期間続いていた。アメリカがすでに独立国家として成長し、人口と領土を広げていた時代にも、上院議員を直接選挙するのが当然だったわけではない。

アメリカ合衆国連邦議会上院の本会議場。画像:United States Senate Photo Studio / Wikimedia Commons / Public domain (US government)(表示用に縮小)。
下院と上院では「誰を代表するか」が違った
アメリカは複数の州から成る連邦国家として成立した。新しい国の議会をどう構成するか、建国のときから激しい議論があった。
人口の多い州は、人口に応じて議会の議席が決まる仕組みを求めた。一方、人口の少ない州にとっては、それでは大きな州に政治を支配される恐れがあった。
そこで下院の議席は人口を基礎に割り振り、上院では州の人口に関係なく各州から2人を出す仕組みが作られた。さらに上院議員は州議会が選ぶ。州政府と連邦政府を結び付ける役割が期待されたのである。
ただし、建国時に直接選挙の対象になった下院の投票権も、現在のようにすべての成人に保障されていたわけではない。人種、性別、財産などによる制限が長く存在した。
114日かけて217回投票しても、決まらない
州議会に上院議員の選出を任せる方式は、政治的な行き詰まりを生むこともあった。
米上院の公式歴史資料によれば、デラウェア州の議会では1895年に114日間、217回の投票を重ねても合意に達せず、議席が空席になった。州の政党勢力が拮抗すれば、上院議員の選出は州議会の政治闘争そのものになった。
また、州議会の議員に働きかける選出方式では、政治腐敗の問題も批判された。もっとも州議会による選出の時代すべてが同じ問題を抱えていたわけではなく、州によっては一般有権者の意思を間接的に反映させる工夫も進められていた。
憲法を改正して、州民が選ぶようになった
変化を決定づけたのが、1913年に成立したアメリカ合衆国憲法修正第17条である。上院議員は州議会でなく、その州の人々が選挙で選ぶと定められた。
これによって上院議員の民主的な選出方法は大きく変わった。しかし州ごとに2人の上院議員を選ぶという連邦制の構造は残った。現在も州の人口に大きな差があっても、各州の上院議席数は同じだ。
アメリカの制度は独立したときから完成していて、一度も変わらなかったのではない。建国時に州の権限を守るために設けられた仕組みが、政治の変化と批判を受け、憲法改正で姿を変えたのである。
この歴史を知ってからアメリカ大統領選挙の選挙人制度を見ると、アメリカの選挙には国民の意思と各州の役割を組み合わせる仕組みがいくつも存在することが分かる。