1801年2月、米国の下院議員たちは、次の大統領を決めるため何度も投票していた。
一度投票しても決まらない。二度目も決まらない。翌日も、また翌日も、結果は変わらなかった。
最後に大統領が選ばれたのは36回目の投票だった。 当選したのはトマス・ジェファソン。なぜ国民の選挙が終わったのに議会がこんなことをしていたのか。
原因は、味方同士が同じ票数を取ったこと
1800年の大統領選では、ジェファソンとアーロン・バーが民主共和党の候補として組み、現職大統領ジョン・アダムズの連邦党と争った。
ところが当時の憲法では、選挙人が大統領候補と副大統領候補を別々の票で指定する仕組みがなかった。
選挙人は二人に投票する。最多得票者が大統領、次点が副大統領になる設計だった。
ところがジェファソンとバーは、両方とも73票を得てしまった。味方の候補同士が同数になり、どちらが大統領になるか決められなくなったのである。
敗れた政党が、勝った陣営の大統領を決める
憲法の規定に従って、決定は連邦下院へ移った。しかし当時の下院は選挙後に交代する前の議員たちが参加する「レームダック議会」で、連邦党の影響力が強かった。
つまり、ジェファソンを敵視する議員たちが、ジェファソンを大統領にするかどうかに関与した。
州ごとに票をまとめる特殊な投票が繰り返され、35回の投票でも決まらなかった。
アレクサンダー・ハミルトンは、政敵ジェファソンよりバーを強く警戒し、ジェファソンを選ぶ方がましだと考えた。こうした党派間の駆け引きの末、1801年2月17日、36回目の投票でジェファソンが選ばれた。
選挙制度そのものを作り直した
建国当初の制度を作った人々は、大統領と副大統領が同じ政党の組として立候補し、互いに票を分けるような状況を十分に想定していなかった。
この混乱を経て1804年に成立した憲法修正第12条は、大統領と副大統領への票を分けるよう制度を改めた。
現在の米国でも大統領は選挙人団を通じて選ばれるが、1800年と同じ仕組みで票を数えているわけではない。
制度は初めから完成していたのではなかった。選挙で勝ったはずの二人が、同点になってしまったという大混乱が、憲法を変えるきっかけになったのである。