1814年、ロンドンでビールが住宅へ押し寄せた。
舞台はトテナム・コート・ロードにあったホースシュー醸造所。大量のビールを入れた巨大な槽が壊れ、中身が周辺へ流れ出した。ロンドン博物館によると、押し寄せたビールは建物を倒し、8人が亡くなった。
飲み物を造る施設が、町に洪水を起こしたのである。

ホースシュー醸造所、1800年ごろ/作者不詳、Brewers’ Journal(1906年)掲載/Wikimedia Commons/Public domain
工場に蓄えられていた大量の液体
Historic Englandの施設解説では、事故で周辺の通りへ流れ出したポーターは32万3,000英ガロンを超えたという。リットルに直すと約147万リットルになる。
ポーターは色の濃いビールの一種だ。一本の瓶や一杯のジョッキで見れば身近な飲み物でも、醸造所では膨大な量をまとめて扱う。その液体を槽の中にとどめているのは、容器の構造である。
水と同じく、ビールも量が増えれば大きな重さになる。容器が破れれば、その重さを持った液体が一度に動き出す。災害を起こすのに、燃えたり、有毒な気体を出したりする必要はなかった。
大きな醸造所が、都市にあった
ホースシュー醸造所は1764年に設立された。事故の時点で、すでに半世紀にわたりロンドンで操業していた施設である。
ロンドン博物館の醸造史を読むと、この街にはほかにも巨大な醸造所があったことが分かる。サザークのアンカー醸造所は1832年の火災後に大規模に建て直され、見物人を集めた。ブリック・レーンのブラック・イーグル醸造所は、1835年には蒸気動力を使って年間20万樽のポーターを生産し、小さな町にもたとえられたという。
飲み物を大量に供給するための設備が、都市の中にそびえていた。その規模を知ると、ビールの洪水という出来事も、奇妙な名前だけの珍事件ではなくなる。
事故の後も、醸造所は残った
ホースシュー醸造所は、洪水の後も操業を続けた。建物が取り壊されたのは1922年で、事業はワンズワースのナイン・エルムズへ移った。
事故から100年以上、その場所ではビールが造られていたことになる。
洪水と聞けば、川や海から来る水を思い浮かべる。1814年のロンドンで流れ出したのは、町の人が飲むために造られ、工場の中に蓄えられていたビールだった。