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ケインズは為替で破産寸前になり、友人から金を借りて同じ取引を続けた

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更新日:2026-10-31

1920年5月、ケインズの為替取引は大きな損失を出した。

英国政府の財政と国際金融に関わってきた彼は、すでに著名な経済学者だった。しかし為替相場を読むことには苦戦した。自分の資金が足りなくなり、破産寸前に追い込まれた。

普通ならそこで手を引きそうなものだが、ケインズは違った。貴族の友人から金を借り、損失を出したのと同じ通貨の取引を続けたのである。

その年の終わりには損失を取り戻した。とはいえ、相場を読み切れるようになったわけではなかった。のちにも通貨で大きな損失を経験している。

この投資家が、やがてケンブリッジ大学の基金で株式市場を長期的に上回る運用を実現する。面白いのは、彼が最初から優れた株選びの専門家だったわけではないことだ。

1929年のジョン・メイナード・ケインズ

1929年のケインズ。撮影者不詳 / Wikimedia Commons / Public domain。

為替を予測し、外れたら借金して続けた

第一次世界大戦が終わったころのヨーロッパでは、国ごとの物価や通貨の価値が大きく変化していた。戦争で増えた借金と金融政策、金本位制への復帰などが市場を動かした。

ケインズはそうした問題を研究し、自分の資金で為替の売買も行った。英国ポンドに対する米ドル、フランス・フラン、ドイツ・マルクなどの値動きを考え、先物取引などを使って利益を狙った。

しかし頭の中で経済の動きを考えることと、実際の相場が動く時期を当てることは違う。ある通貨は長い目で見れば値下がりしそうでも、来週値下がりするかどうかは別だ。

1920年5月の損失は、その難しさを突きつけた。

ケンブリッジ大学の研究者がキングズ・カレッジの保存資料を調べると、1919年から1939年にかけてケインズ本人が行った為替取引354件の詳細が確認できた。取引は一時的な失敗と成功を繰り返しており、単純なトレンド追随の方法に常に勝っていたわけでもない。

ケンブリッジ・ジャッジ・ビジネススクールの研究紹介によれば、ケインズは1920年に友人から資金を借りて同じ取引を続け、その年のうちに損失を取り戻した。通貨取引全体では利益を残した時期もあるが、値動きの方向を読むことよりも、いつ売買するかの判断で苦労していたという。

彼はのちに為替相場の先読みへの自信を弱めていった。経済に詳しいことだけでは、明日の為替を当てられないという経験だった。

大学基金を任されても、最初は景気を予想しようとした

1921年から、ケインズはケンブリッジ大学キングズ・カレッジの資産運用に重要な役割を持つようになった。当時の英国の大学基金では、不動産や国債を中心に運用するのが一般的だった。

ところが彼は、株式を長期の資産として積極的に保有しようと考えた。

それだけでも当時の大学基金では目立つ判断だったが、初期の方法には難しさがあった。ケインズは景気や金利の見通しによって、株式、国債、現金を切り替えようとしたのである。

景気が悪くなる前に株を売り、回復する前に買い直す。うまくいけば大きな利益につながる。しかし実際の市場は、ニュースや経済統計が悪くなるより先に下がることもあれば、まだ不況の最中に上がり始めることもある。

1929年のウォール街の大暴落後、ケインズも損失を経験し、英国株の保有分の約5分の1を売って国債へ資金を移した。後から見ると、彼も暴落の後に株を減らした投資家の一人だった。

ケインズは、投資を美人投票に例えた

1936年の『雇用・利子および貨幣の一般理論』には、株式市場についての奇妙な例えが出てくる。

新聞に100人の顔写真が載り、読者はその中から6人を選ぶ。賞金は、自分が美しいと思った6人ではなく、ほかの応募者の選択と最もよく一致した人に与えられる。

そういう競争なら、顔の美しさを自分で判断するだけでは勝てない。ほかの人がどの顔を選びそうかを考え、ほかの人もまた同じように考えていることまで予想しなければならない。

ケインズは、この仕組みが短期的な株式投資にも似ていると考えた。企業の価値を自分で調べるより、来月ほかの投資家がどう評価するかを当てることが利益につながる場面がある。

しかし、全員が他人の考えを読もうとすれば、予測はますます複雑になる。

自分で為替取引を行い、相場が思った時期に動かない苦労を経験したケインズにとって、この問題は研究室の中だけの話でもなかった。

市場全体ではなく、企業を一社ずつ調べるようになった

1930年代に入ると、彼の投資方法は大きく変わった。

どの時期に相場が上がるかを考えるより、個々の企業の利益、資産、経営状態と株価を比較し、割安だと思う株を長く保有する方法へ重点を移した。

ケインズは証券会社の調査資料を読み、企業経営者や業界に詳しい人々から情報を集めた。のちに米国企業への投資も増えた。

ケンブリッジ大学の保存資料を分析した研究によれば、1930年代の米国株投資では、投資信託に近い会社や電力などの公益企業、工業会社などをよく選び、銀行や鉄道の株にはあまり投資しなかった。

興味深いのは、自分のお金で買った株と、大学基金のために買った株の重なりだ。1930〜46年、ケインズが個人で選んだ米国株の約5分の4は、キングズ・カレッジの保有銘柄にも含まれていた。大学の資金を扱うときも、自分の資金とかなり近い考えで銘柄を選んでいたことが分かる。

ケインズの投資手法の変化:景気の予想から企業価値の分析へ

取引記録研究に基づく運用方法の概略。実際には手法が少しずつ変わり、景気分析を完全にやめたわけではない。

1937年、株が下がっても売らなかった

運用方法が変わったことは、次の大きな下落でも表れた。

1937〜38年に株式市場が下がったとき、ケインズは1929年の後のように大幅に株を売って国債へ逃げることを選ばなかった。英国株を少し買い増し、株式の比率を90%超に維持していた時期もある。

彼が会長を務めた保険会社では、経営陣が株式中心の運用に反対し、ケインズが会長職を退くことにもなった。

これは価格の下落が何も怖くなかったという証拠ではない。保有企業の価値を長い時間で考えるようになり、短期的な相場の動きに対する行動が変わったということだ。

しかも彼は集中投資を行っていたため、値下がりする年には大きく損をする危険もあった。1937年に売らなかったことを、誰にでもまねできる正解として描くことはできない。

では、どれくらい儲かったのか

研究では、キングズ・カレッジでケインズが運用した英国株ポートフォリオが、英国株式市場を平均して年間約8パーセントポイント上回ったとされる。

ただし、これは基金の全資産を全部合計した成績ではなく、英国株の部分を比較した数字だ。基金で彼が裁量を持った資産については、1922〜46年の平均年次リターンが約16%、比較対象となる英国市場は約10.4%という別の集計もある。どちらも年ごとのリターンの算術平均であり、毎年その利回りで複利運用できたという意味ではない。

研究の比較方法を揃えず、最も大きな数字だけを拾うと、投資家としての実績を誤って理解する。

ケインズが最初から市場に勝ち続けたのでもない。為替投機では借金が必要なほどの損失を出し、1929年の株価暴落後には株を売った。それでも長い投資経験から方法を変え、大学基金の株式運用では優れた成績を残した。

南海バブルで株を高値で買い直したニュートンは、一度利益を確保した後の再購入が大きな損失につながった。ケインズは損失を出した後も市場に向き合い、銘柄を選ぶ方法そのものを見直した。

二人とも経済や計算に通じていた。しかし市場で何が起きるかを、頭の良さだけで解決することはできなかった。

ケインズの人生と世界恐慌 / ニュートンの南海バブル

REFERENCES

参考文献・出典

  1. Keynes — Financial history ↗Cambridge Judge Business School
  2. Investing in 2013? Ask John Maynard Keynes ↗Cambridge Judge Business School, 2013
  3. John Maynard Keynes: great economist, poor currency trader ↗University of Cambridge, 2016
  4. If you're so smart: John Maynard Keynes and currency speculation in the interwar years ↗Olivier Accominotti & David Chambers, Journal of Economic History 76(2), 2016
  5. Keynes the Stock Market Investor: A Quantitative Analysis ↗David Chambers, Elroy Dimson & Justin Foo, Journal of Financial and Quantitative Analysis, 2015
  6. Keynes and Wall Street ↗David Chambers & Ali Kabiri, Business History Review 90(2), 2016
  7. Keynes’ asset management: King’s College 1921–1946 ↗David Chambers & Elroy Dimson, CEPR VoxEU, 2014
  8. The General Theory of Employment, Interest and Money, Chapter 12(美人投票の例え) ↗John Maynard Keynes, 1936(著作原文、Duke University)

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