花や葉が入り組んだ布の模様を、厚紙に開けた穴で指定する。19世紀初めに登場したジャカード織機では、何枚ものカードがつながり、機械へ順番に送り込まれていた。
カードに書かれた文章を、人が読み上げる必要はない。穴のある位置に応じて機械が動き、糸の組み合わせを変える。同じカードの列を使えば、同じ模様をまた織れる。

ジャカード織機のカード。撮影:Robert-brook/Wikimedia Commons/CC0 1.0。
花模様を、糸を上げる順番に置き換える
織物は、縦に張った経糸に、横方向の緯糸を通して作る。どの経糸を持ち上げ、どの糸の下に緯糸を通すか。その組み合わせを変えると、布の表面に模様が現れる。
複雑な柄では、この選択を何度も正確に繰り返さなければならない。ジャカードの仕組みは、糸の選択をカードに任せた。
機械の針をカードに押し当てると、穴のある場所では針が通り、穴のない場所では止まる。その違いがフックへ伝わり、持ち上がる経糸が決まる。緯糸を通したら次のカードへ進み、次の組み合わせで織る。
一枚ずつの指示は単純でも、それを長くつなげれば、複雑な模様になる。柄を変えるときには、指示を記録したカードの組を取り替えられる。
織物の指示が、計算の指示へ
1801年、フランスのリヨンでジョゼフ・マリー・ジャカードがこの織機を実演した。機械の動かし方をカードに保存し、繰り返し再現する方法は、織物産業に広がった。
やがて、この考え方が計算機にも向かう。数学者チャールズ・バベッジは、1837年に記した解析機関の構想で、穴の開いたカードから計算の指示や数値を入力する計画を示した。
さらに1890年のアメリカ国勢調査では、ハーマン・ホレリスの装置が、カードに記録した情報を集計した。パンチカードは、布の柄を指定する道具から、人や数値の情報を扱う道具にもなっていく。
花模様を織る工場と、数値を処理する計算機。その両方で、機械に与える指示や情報を、持ち運べるカードの穴に記録していたのである。