2010年6月、ベルギーで議会選挙が行われた。選挙が終われば新しい政府ができる――と思いきや、政党間の交渉がまとまらなかった。
最終的に新政権が発足したのは2011年12月6日。選挙後、541日が経過していた。1年どころか、その次の年も半分近く終わるまで政権を作れなかったのである。
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ベルギー連邦議会が置かれているブリュッセルの国民宮殿。画像:Trougnouf(Benoit Brummer) / Wikimedia Commons / CC BY 4.0。表示用に縮小。
「政権がない」のに、道路も役所も動く理由
政府が541日間まったく存在しなかったわけではない。選挙前の首相イヴ・ルテルムが率いる暫定政権が残り、行政を担当していた。
学校や病院、警察などの公共サービスは、選挙が終わるたびに一から設置するものではない。公務員と行政機関は法律に従って仕事を続ける。新しい首相がまだ決まっていなくても、国のすべての機能が停止するわけではない。
ただし暫定政権が通常の政府と同じように、あらゆる新政策を自由に進められるということでもない。政治的な正統性や議会との関係を考慮し、継続的な業務や必要な案件を中心に対応することになる。
なぜ連立交渉がこれほど難航したのか
ベルギーには、オランダ語を主に使うフランドル地方と、フランス語を主に使うワロン地方など、言語や地域によって異なる政治的な関心がある。政党も言語圏ごとに分かれている場合が多い。
連立政権を成立させるには、単に多数の議席を集めるだけでなく、地域間の権限や財政、政治制度をめぐる対立を調整する必要があった。選挙で第一党が決まることと、議会が支持する政府を作れることは別なのである。
2011年12月にエリオ・ディルポが首相となり、新しい内閣がようやく発足した。
この541日という数字は、議院内閣制が必ずしもすぐに首相を決められる制度ではないことを示す。しかし同時に、政権交代の交渉が長引いても行政を継続できる制度と組織が存在することも示している。
国が動くのは首相一人の指示だけによるのではない。議会、法律、行政機関、暫定政権という複数の仕組みが働いていたのである。