投票に行くかどうかは、自分で決められるものだと考える人は多い。
ところがオーストラリアの国政選挙では、一定の資格のある人が正当な理由なく投票を怠れば、罰金の対象になることがある。
その制度が導入されたのは1924年。その前の1922年選挙では投票率が**59.38%**まで下がっていた。
1925年、義務化後初の連邦選挙の投票率は**91.38%**に跳ね上がった。わずかな制度変更が、投票所へ向かう人の数を大きく変えたのである。
出典:Australian Electoral Commission。
どうして投票に行かない人が増えたのか
20世紀初頭、オーストラリアは新しい連邦国家として選挙制度を整えていた。連邦選挙では初めの数回、投票は基本的に任意だった。
1910年代から投票の登録義務が進められたが、選挙当日に実際に票を投じることとは別だった。
1922年に投票率が大きく低下すると、議会では棄権が多いことへの危機感が強まった。1924年に投票を義務化する法案が成立する。
オーストラリア選挙管理委員会によれば、この法案は政府が提出した主要法案ではなく、議員立法として成立したもので、当時はそのような法案が成立すること自体珍しかった。
誰に投票するかまで命令するわけではない
義務化の対象は、基本的に選挙へ参加することだ。誰を支持するかという政治的な判断を政府が指定するわけではない。
オーストラリアの投票は秘密投票で、投票所での記入内容を周囲が見ることはできない。特定の候補に投票する義務とも異なる。
また病気や旅行、宗教上の事情など、正当な理由の有無が問われる場合もある。罰則だけで全員を同じように扱う制度ではない。
一方で、支持する候補がいないから選挙へ行きたくない人に対し、国家が投票参加を求めてよいのかという自由の問題は残る。
投票率の数字だけで民主主義の質は測れない
義務化後のオーストラリアでは、長期にわたって高い投票率が続いている。だが、投票率が高ければ市民が政治に満足しているとは限らない。
情報を十分に持っていない人が投票する可能性や、政党が投票促進より別の活動に力を注ぐことなど、制度の影響は複数ある。
また現代まで投票資格が一貫してすべての人に平等だったわけではない。先住民の投票権には歴史的に差別や制限があり、制度の完成には長い時間が必要だった。
選挙制度は、どのような人が政治の決定に参加するかを変える。1924年のオーストラリアが示したのは、投票する権利を与えるだけでなく、投票する行動まで法律で求めるという選択だった。