1914年2月19日、アメリカ・アイダホ州の5歳の少女メイ・ピアストーフは、祖父母の家へ向かった。服の袖には、合計53セントの切手が貼られていた。
彼女は乗客として切符を買う代わりに、小包郵便として引き受けられていたのである。行き先は約117キロ先。メイに付き添ったのは、鉄道郵便の仕事をしていた親戚だった。

メイ・ピアストーフ。National Postal Museum/Wikimedia Commons、パブリックドメイン。
小包郵便が始まると、赤ちゃんもやって来た
アメリカで小包郵便が始まったのは1913年1月1日。それから数週間しかたたないうちに、オハイオ州の両親が、生後8か月の息子を祖母の家へ郵便で送り届けてもらった。近くに住む祖母への、短い旅だった。
郵便職員は、手紙や荷物とともに町や農村を巡っていた。その道中で、顔なじみの家族から子どもを預かり、親族の家へ連れていく。記録に残る子どもたちの移動は、こうした人の付き添いによるものだった。
小包の重量と距離で運賃を計算する仕組みを、人間にも当てはめてしまったのである。メイの場合、記録された体重は48.5ポンド、約22キログラム。切手を袖に付けた少女の体重が、郵便の記録に荷物のように残った。
郵便当局は、人間を受け付けないと通達した
メイの旅などが知られると、郵便当局は人間を郵便として扱わないよう指示した。1914年3月の記録には、赤ちゃんは郵送を認める品目に含まれない、という郵政長官の説明が残っている。
それでも、翌年にも子どもを運んだ例がある。現場で引き受ける職員がいれば、通達が出た後にも起きてしまった。
祖父母の家へ子どもを行かせたい親と、そこへ毎日荷物を届けている郵便職員。新しい配送制度の始まりに、その日常的な近さが妙な形で入り込んだ。メイの旅に必要だったのは、親戚の付き添いと、袖に貼った53セント分の切手だった。