1960年7月21日、セイロン(現在のスリランカ)で世界初の女性首相が誕生した。シリマヴォ・バンダラナイケという人物である。
首相になったのだから、それまで長く国会議員を務めていたのだろうと思うかもしれない。しかし彼女は就任した時点で、国会議員ではなかった。首相になってから12日後の8月2日、ようやく上院議員に任命されたのである。
この少し不思議な順番には、一家を襲った悲劇と、議院内閣制の仕組みが関わっている。
夫が暗殺されたあと、政党を率いた
セイロンは1948年にイギリスから独立した国で、イギリス式の議院内閣制を採用していた。政治の中心は、議会の支持を得て政権を担う首相である。
シリマヴォの夫S・W・R・D・バンダラナイケは、スリランカ自由党を率いて首相となった政治家だった。しかし1959年、暗殺される。妻のシリマヴォは政党の指導者として前面に出ることになった。
1960年、セイロンでは選挙が続けて行われ、政治的に不安定な状態にあった。同年7月の総選挙でスリランカ自由党が政権を担う立場となり、党を率いていたシリマヴォが首相に任命される。
しかし彼女には下院の議席がなかった。そこで8月2日に上院議員に任命され、首相としての地位を続けることになった。この日付と経緯は、スリランカ国会の公式な歴代首相の記録にも残されている。
女性首相を直接選ぶ選挙ではなかった
現在でも議院内閣制の国では、有権者が首相を全国一斉に直接選ぶとは限らない。議会を構成する政党の関係から政権が生まれ、党首が首相になる。セイロンの例も、その仕組みを知らないと不思議に見える。
シリマヴォは女性が首相になるという新しい歴史をつくったが、その出発点は夫の暗殺と政党の指導者交代にあった。就任後も政治の中心で活動し、1960年代に続いて1970年代、さらに1990年代にも首相を務めた。
世界初の女性首相は、最初から国会に議席を持っていたわけではない。政治家一家の危機から党を率いるようになり、首相の椅子に座った後で議員の議席を得たのである。