ガラスの漏斗から、黒い物質が垂れ下がっている。今にも落ちそうに見えても、しばらく待った程度では変化が分からない。
オーストラリアのクイーンズランド大学にある、ピッチの滴下実験だ。1930年に漏斗の口を開けてから、最初の1滴が落ちたのは1938年だった。たった1滴に、およそ8年を要したのである。
3年待ってから、ようやく口を開けた
実験を準備したのは、物理学者のトマス・パーネルだった。1927年、ピッチを加熱して、先を閉じた漏斗へ流し込んだ。それを冷まして落ち着かせるために3年待ち、1930年に下端を切った。
ピッチは、室温では硬く、ハンマーでたたくと割れる。それでも、長い時間をかけて見れば漏斗の中を移動し、口から垂れてくる。
普段の手触りと、長時間の振る舞いが食い違う。同じ物質をどの時間の長さで見るかが、実験の主題になっている。
流れにくさを、年単位で測る
水なら漏斗の口からすぐ流れ落ちる。ピッチは粘性が極めて高いため、同じ変化に何年もかかる。
滴の形成や流れた量、装置の寸法を調べれば、流れにくさを評価できる。ただし、この装置は特別な恒温環境に置かれているわけではない。温度の変化によって流れる速さも変わるため、すべての滴が一定の間隔で落ちる時計にはならない。
それでも、目の前でほとんど動かない物質が、年月を経ると確かに流れる。その事実は、数式だけでなく装置そのもので示せる。
52年間見守っても、瞬間には出会えなかった
1961年から実験を管理したジョン・メインストーンは、52年間にわたって世話をした。しかし、2013年に亡くなるまで、滴が落ちる瞬間を直接見ることはできなかった。
実験は止まっていたのではない。あまりにも長い待ち時間の中で、肝心の変化は短い瞬間に起きる。長く見守ることと、その瞬間に居合わせることは違っていた。
最初は学生に物質の性質を示すための実演だった。ところが観察が続くうちに、その装置を引き継ぐ人間の方が世代交代する実験になった。