1972年、フランスのウラン濃縮工場で、奇妙な分析結果が出た。原料に含まれるウラン235の割合が、天然ウランとして予想される値より低い。約0.720%のはずが、ある試料では約0.717%だった。
小さな差だが、測定誤差として片づけるには大きかった。工場内で別のウランが混ざった可能性を調べても、原因が見つからない。原料をさかのぼると、アフリカのガボンにあるオクロ鉱床へ行き着いた。さらに調べた鉱石には、ウラン235の割合が約0.44%しかないものまであった。
鉱石には、核分裂で生じる元素の同位体組成も残っていた。ウラン235が少ない理由と、分裂後の生成物。その両方を説明できたのが、この鉱床そのものが、かつて原子炉として働いていたという結論である。
鉱石と水がそろえた条件
核分裂では、原子核が分かれるときに中性子が飛び出す。それが別の原子核を分裂させ、さらに中性子が生まれれば、連鎖反応が続く。オクロには、これを維持できるだけのウランが集まっていた。
地下水も重要だった。水は中性子の速度を落とし、ウラン235が次の核分裂を起こしやすくする。鉱石が濃く集まり、適切な量の水が入り込むことで、地下に連鎖反応の条件が成立した。
ただし、同じような鉱床が今できても、当時の条件をそのまま再現することにはならない。ウラン235は、天然ウランの大部分を占めるウラン238より速く放射性崩壊する。約20億年前には、天然ウラン中のウラン235の割合が今より高く、約3%あったと推定されている。地質だけでなく、地球の歴史のどの時点だったかも効いていたのだ。
運転記録の代わりに残った岩石
研究者が調べているのは、反応が起きた事実だけではない。核分裂で生まれた物質が、長い時間の間にどこへ移ったかも研究対象になる。岩石の中に残った元素の分布は、地下での物質の動きを考える手がかりだからだ。
人間が原子炉を造るはるか以前に、地下では核分裂の連鎖反応が進んでいた。その痕跡を見つける入口になったのは、工場で測ったウランの比率の、わずかなずれだった。