1869年、ロシアの化学者ドミトリ・メンデレーエフは、知られていた元素を原子量や化学的な性質に従って並べようとしていた。
表を作っていくと、ある場所に置けるはずの元素がない。それでも彼は無理に周囲の元素を詰めず、その場所を空けておいた。
空席には意味があった。まだ発見されていない元素が存在すると考え、その原子量や性質を予測したのである。

メンデレーエフ、1869年/Wikimedia Commons/Public domain。
表を整えるために、まだ見ぬ物質を考える
19世紀には多くの元素が知られていたが、元素の種類と性質の間にどんな規則があるのかは明確ではなかった。重さの順に並べれば似た性質が繰り返し現れることがあり、他の研究者も規則性を探していた。
メンデレーエフはその規則に強く着目した。例えばアルミニウムやケイ素などと似た性質を持つ元素が、まだ見つかっていないのではないかと考えた。
「エカ・アルミニウム」「エカ・ホウ素」「エカ・ケイ素」と仮称を付けた未知の元素について、どんな化合物を作りそうか、密度や原子量はどうなりそうかを推測していた。
ここが単なる分類表と違う。知っているものを整理するだけでなく、知らないものについて具体的な予測を出せる表になった。
1875年、空席が一つ埋まる
1875年、フランスの化学者ポール=エミール・ルコック・ド・ボアボードランが新元素ガリウムを発見した。その性質は、メンデレーエフが予測したエカ・アルミニウムに近かった。
1879年にはスカンジウム、1886年にはゲルマニウムが見つかり、対応する空席が埋まっていく。
科学史研究機関Science History Instituteは、メンデレーエフがこれらの予測を自分の周期表の強みとして重視したことを紹介している。
もちろん後からすべてが完全に一致したわけではなく、実際の測定値と予測値には差もあった。周期表もその後に改良を重ね、現在では原子量ではなく原子番号を基本に並べられている。
それでも、表の空白が発見へつながったことは確かだ。
科学にとって「まだない場所」が重要になることがある
周期表が現代の教科書に載っていると、全部そろった完成品のように見える。しかし当初は未知の元素を探す手がかりでもあった。
予測が当たることは、その理論が自然の何かを正しく捉えている可能性を強める。逆に外れれば、表の並べ方や性質について考え直す材料になる。
メンデレーエフの空席が面白いのは、見つからないものを無理に消さなかったことが、新しい発見の出発点になったからである。