地下鉄のホームで待っているとき、トンネルの奥から石炭を燃やす蒸気機関車が現れたらどうだろう。煙と蒸気がこもりそうだが、1863年のロンドンでは、それが世界初の地下鉄だった。
当時のロンドンは馬車と人があふれる大都市。鉄道は都市間の移動を便利にしたが、都心の主要な駅同士をどう結ぶかが問題だった。そこでメトロポリタン鉄道は、地上の道路を掘り下げて線路を敷き、上から覆ってトンネルにする方法を選んだ。
1863年1月10日、パディントン付近からファリンドン・ストリートまでの約5.6キロメートルが開通。初日だけで約4万人が乗ったと伝えられる。新しい乗り物は人気を集めたが、今日の地下鉄とはかなり違う。
一番の問題は煙だった。蒸気機関車を動かせば排気が発生する。地下では空気が入れ替わりにくく、換気や煙を減らす工夫が欠かせなかった。駅やトンネルの形、機関車の運転方法まで、その問題に左右された。
では、なぜ初めから電車にしなかったのか。答えは単純で、大勢の乗客を運べる電気鉄道の技術がまだ整っていなかったからだ。ロンドンで深いトンネルを走る電気鉄道が開いたのは1890年。最初の地下鉄から27年後である。
鉄道を地下へ走らせるという発想は、電気で列車を走らせる技術より早く実現した。交通革命には、あとから考えると無理がありそうな過渡期が存在する。