冷戦の時代、北大西洋で軍艦と小さな沿岸警備船が衝突する事件が続いた。片方は世界有数の海軍を持つイギリス。もう片方は、独自の常備軍さえ持たないアイスランドだった。
争いの原因は石油でも領土でもなく、タラだった。
1958年から1976年にかけて、両国は漁業権をめぐって三度の対立を繰り返した。「タラ戦争」と呼ばれる出来事である。
漁業はアイスランドの生活そのものだった
アイスランドは人口の少ない島国で、長い間、水産物の輸出が経済の大きな柱を占めていた。近海のタラは収入と雇用を支える重要な資源だった。
しかしイギリスの大型トロール漁船も、昔からアイスランド周辺で漁をしていた。両国は同じ魚をめぐって競争する関係にあった。
1958年、アイスランドは漁業を規制する海域を岸から12海里まで拡大した。イギリスはそれに反発し、漁船を守るため海軍を派遣する。アイスランドの沿岸警備隊はイギリスの漁船を取り締まり、両者の船が接近する事態が起きた。
その後もアイスランドは規制海域を50海里、さらに200海里へ広げようとした。
網のワイヤーを切る装置まで登場
アイスランド沿岸警備隊は、イギリス漁船の漁網を支えるワイヤーを切断する特殊な装置を使用した。漁船が魚を取れないようにするためだ。イギリスは海軍艦艇を護衛に向かわせ、船同士がぶつかって損傷する事件も起こった。
双方はNATOの加盟国だった。つまり、同盟国の軍艦と沿岸警備船が、漁業資源のために海上で対立していたのである。
アイスランドはNATOからの脱退さえ示唆し、問題は安全保障上の交渉にも発展した。最終的にはイギリスが大幅に譲歩し、アイスランドの200海里の漁業管轄権を認める方向で決着した。
その後、国際海洋法の枠組みでも200海里の排他的経済水域が一般化していく。
巨大な海軍を持つ国に、小さな国が軍事力で勝ったわけではない。漁業の重要性と同盟関係、北大西洋の戦略的な位置が交渉を動かした。アイスランドのタラは、それほど国家にとって大切な資源だった。