2021年、南極のウェッデル海で海底を撮影していた調査船の研究者たちは、奇妙な光景を目にした。丸いくぼみが海底に整然と並んでいる。よく見ると、くぼみの中には卵があり、大人の魚がじっとそのそばにいる。
魚の巣だった。
ところが、カメラを進めても巣は途切れなかった。数百メートルどころではない。調査をもとに推定すると、約240平方キロメートルの海底に、約6000万個もの巣が存在する規模だった。
海の底に広がる巨大な産卵地
調査を行ったのはドイツのアルフレート・ウェゲナー研究所などの研究チームだ。砕氷研究船「ポーラーシュテルン」から海底撮影装置を曳航し、氷に閉ざされた南極海の底を映し出した。
巣をつくっていたのは、Neopagetopsis ionah というコオリウオの仲間。体が白っぽいこの魚は、南極周辺の非常に冷たい海に暮らしている。
海底には、砂や泥を丸く払ったような巣が並んでいた。多くの巣には卵の塊があり、一匹の成魚がその近くで守っていた。2022年に発表された論文では、一つの巣で観察された卵の平均は約1700個だった。
個々の巣なら珍しくないかもしれない。しかし、その巣が視界の限り、同じ海底に繰り返し現れる。研究者たちは、前例のない規模の繁殖地を見つけたのである。
なぜこの海底に集まったのか
巣が密集する海底では、水温が周囲の海底水より最大約2℃高かった。南極の海で2℃の差は小さくない。わずかに暖かい深い海水が流れ込む地形と、魚が繁殖する場所に関係がある可能性が示された。
ただし水温が理由のすべてだと証明されたわけではない。流れ、餌の量、卵が育つ条件など、魚が同じ海域を選ぶ要因は複数考えられる。
研究チームは、魚と卵のまとまった生物量が6万トン以上に達すると推定した。この大きな餌資源を、ウェッデルアザラシなどの捕食者が利用している可能性もある。
見つかったことで、守るべき場所になった
南極の海底は、氷に阻まれて簡単には調べられない。今回のように広い範囲を連続的に撮影して初めて、巨大な繁殖地の存在が明らかになった。
研究者たちは、この海域の保護を検討するうえでも重要な発見だとしている。魚が何千万もの巣をつくる場所は、海の生態系全体にとって意味があるからだ。
南極の海底は静かな泥の平原に見える。しかしその一角では、数千万の魚が卵を守り、次の世代を育てていた。