昨日までと同じ側を走ると、今日からは逆走になる。
1967年9月3日、スウェーデンは道路の左側通行をやめ、右側通行へ切り替えた。ストックホルムでは午前5時、車やバス、自転車が道路の反対側へ移った。この日は、スウェーデン語で右側通行を意味する högertrafik の頭文字から、Hデーと呼ばれる。
一瞬で変わったのは走る側だ。その瞬間を迎える準備には、何年もかかっている。
右へ寄るだけでは済まない
国会が切り替えを決めたのは1963年。対象には道路交通と路面電車が含まれた一方、鉄道と地下鉄は含まれなかった。同じ国の乗り物を、すべてまとめて反転させたわけではない。
道路には、曲がる方向を示す標識、車線の線、信号、一方通行、交差点がある。バスが道路の反対側を走れば、乗客を乗り降りさせる位置も変わる。運転手だけが右へ移動しても、町の設備が左側通行のままなら使えない。
国立博物館群の交通史資料によれば、交換された道路標識は約36万枚。右側通行を思い出させる標識も約13万枚設けられた。新しい標識は前もって設置し、切り替えまでは覆いをかけておいた。
バスも約8,000台が改造または新規調達の対象になった。道路の規則を一つ変えると、日常を支える設備の広い範囲に手が入る。
長年の習慣を、全国で同時に変える
工事と同じくらい大きな仕事が、人への周知だった。
専用の組織には道路や車両を担当する部門に加え、安全、教育、広報、法律を担当する部門が置かれた。全国の地域組織や学校も準備に関わっている。毎日運転する大人だけでなく、道路を渡る子どもにも、新しい交通の動きを伝えなければならなかった。

撮影:Acidonitrix/Wikimedia Commons/CC BY-SA 3.0
この手袋も、切り替えを知らせるために使われた品の一つだ。手元に目を落としたときまで、新しい通行側を思い出せるようにしていた。
Hデーを写した写真では、道路に並ぶ車へ目が行く。だが、その日を成立させた仕事の多くは写真に写らない。覆いの下で待っていた新しい標識、手を入れたバス、学校の交通教育。午前5時の移動は、それらを一斉に使い始める合図だった。