オマーン南部のドファール地方には、枝を曲げて乾燥地に生える乳香の木がある。樹皮を傷つけると樹脂が染み出し、固まった粒を燃やせば香りが広がる。今では小さな香料に見えるが、古代には遠くまで運ばれる貴重な商品だった。
乳香は宗教的な儀礼や香料として利用され、アラビア半島南部から地中海世界へと運ばれた。隊商は砂漠を横断し、港町では商品が船へ積まれた。香りを求める人々の需要が、長い距離の交易を動かしていたのである。
この交易に関わった遺跡は、オマーンの「乳香の土地」としてユネスコの世界遺産に登録されている。樹脂を採る木だけでなく、加工や輸送、取引を行った人々の生活が、歴史の一部になっている。
小さな樹脂の粒を手に取ると、現代の香水とは違う古い世界の取引を思い浮かべることができる。昔、人々はその香りを手に入れるため、砂漠を越えた。