風に乗る綿毛もなければ、鳥に食べてもらう甘い果実もない。そんな植物の種が、森の地面を勝手に移動している。よく見ると、アリが一粒ずつ巣へ運び込んでいるのだ。
なぜアリは、自分で食べられるか分からない植物の種を運ぶのだろう。秘密は種そのものではなく、**種の端に付いた小さな「おやつ」**にある。

クサノオウの種子とエライオソームの実物写真。画像:Hans Stuessi / Wikimedia Commons / CC BY 4.0(表示サイズを縮小)
種を捨ててもらうための報酬
一部の植物の種子には、油分などを含む**エライオソーム(脂肪体)**という付属物がある。アリがこれに引き寄せられると、種ごと巣へ持ち帰り、栄養のある部分を取り外す。残った種は巣の中や近くへ捨てられることがある。
植物にとっては、親株のすぐ下に種を落とすより遠くへ移動できる可能性がある。アリが種を埋めることで、種子を食べるほかの動物から守られたり、発芽に適した場所へ運ばれたりする場合もある。
この仕組みには**アリ散布(myrmecochory)**という名前が付いている。アリは「植物を増やそう」と思って運んでいるのではない。食べ物を集めているだけなのに、その行動が結果として植物の分布を変えてしまう。
しかも、植物だけの発明ではなかった
さらに奇妙なのは、同じ仕組みをまねる昆虫がいることだ。ナナフシの仲間には、卵にアリを引きつける付属物があるものがいる。アリはそれを植物の種のように巣へ運ぶことがある。飛んで遠くまで移動しにくい昆虫にとって、アリは卵を運ぶ乗り物にもなる。
植物の種と昆虫の卵は、もちろん別のものだ。それでもアリの行動を引き起こす**似たような「取っ手付きのおやつ」**が進化しているところが面白い。
ただし、これは美しい協力関係と単純に片づけられない。米国の森林での野外実験では、アリがエライオソーム付きの種を運んでも、長期的にアリの群れが利益を得るとは限らなかった。植物側の利益とアリ側の利益は、同じ大きさとは限らないのである。
地面の一粒の種から、植物の分布、アリの採餌行動、そして別の昆虫の繁殖までつながっていく。森の小さな運び屋を見ていると、そこには思いがけず複雑な関係が隠れている。