1538年、ニカラグアのマサヤ火山で、一人の修道士が火口の光る液体をすくい取ろうとした。ブラス・デル・カスティーリョという人物で、火口の底にあるものを溶けた金だと考えていたという。危険な火山にわざわざ近づいたのは、地質学の研究のためではなかった。
マサヤ火山には、赤く光る溶岩が火口の中にたまる「溶岩湖」が現れることがある。16世紀にも活動が記録されており、スペインの年代記作者オビエドは1529年に火山を観察した。スミソニアン協会の火山データベースにも、1538年の修道士による採取の試みが紹介されている。
夜の火口を照らす液体を見て、金や銀が煮えたぎっているのではないかと考えた人々がいた。しかし溶岩は、地球内部で高温になって溶けた岩石である。光っているのは金属だからではなく、温度が非常に高いためだ。もし一部を取り出せたとしても、冷えれば固い火山岩になる。
当時のマサヤ火山は、富を得られそうな場所であると同時に、恐ろしい場所でもあった。スペイン人は「地獄の口」と呼び、噴き上がるガスや赤い火口を宗教的な想像とも結びつけていた。火山の現象を説明する科学が発達する前、人々は目の前の光景を、知っているもの――金属や炎、地獄――にたとえて理解しようとしたのである。
マサヤ火山は現在も活動する火山だ。赤い溶岩湖がいつでも見られるわけではなく、噴火やガスの危険もある。16世紀の修道士が見下ろした火口には、貴金属ではないものの、地下から上がってくる本物の溶けた岩があった。
