ジンバブエ南東部のグレート・ジンバブエには、曲線を描く巨大な石壁が残っている。石材は細かく積み上げられているが、モルタルのような接着材をほとんど使っていない。石を選び、形を整え、重さと配置で壁を安定させたのである。
都市が栄えたのは、おおむね11~15世紀。周辺では農業や牧畜が行われ、遠くの交易路を通じて金などの資源が取引された。石の建築群は、政治や儀礼に関わる重要な場所だったと考えられている。
ところが植民地時代には、これほどの都市をアフリカの人々が造ったとは認めたがらず、外部の文明に由来すると主張する人々がいた。考古学的な調査は、現地の社会が都市を築いたことを明らかにしていった。遺跡を誰が造ったかという問いには、単なる歴史の謎だけでなく、植民地支配下の偏見も絡んでいたのだ。
グレート・ジンバブエの石壁は、技術を示すだけではない。建設した人々の歴史を正しく取り戻すためにも、重要な資料となっている。
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