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シエラレオネの首都が「自由の町」と呼ばれるまで

更新日:2026-10-30
シエラレオネの首都フリータウンの街並みを上空から見た写真
シエラレオネの首都フリータウンの街並みを上空から見た写真撮影・制作:David Hond / Wikimedia Commons(画像の原典) · CC BY 2.0(表示サイズのみ変更)

シエラレオネの首都フリータウンを英語から訳せば、「自由の町」になる。地名としては明るい響きだが、その名前が付くまでには、奴隷制と大西洋を渡った人々の歴史があった。

18世紀末、英国側の計画によって、解放された黒人たちの入植地が西アフリカの海岸につくられた。1792年には、北米のノバスコシアから移住した人々が町を築く。のちに英国が奴隷貿易を禁止すると、海上で解放されたアフリカ人がこの地域へ送られ、町にはさまざまな背景を持つ人々が集まった。

しかし、そこは誰も住んでいない土地ではなかった。先住の共同体が暮らし、外から移り住んだ人々との間には、土地や政治的権限をめぐる緊張が生まれた。ひとつの町を「自由」と名付けることと、そこに関わるすべての人が同じ自由を得ることは一致しない。

現在のフリータウンには、移住者や現地の人々が形づくってきた文化が重なっている。名前を一語訳しただけでは分からない歴史が、港と町の中に残されている。

REFERENCES

参考文献・出典

  1. Encyclopaedia Britannicaが公開する解説・資料(シエラレオネ) ↗Encyclopaedia Britannica

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