地球だけが『海のある天体』だと思っていると、太陽系のほかの世界を見誤る。太陽から最も近い水星の暗い谷には氷が残り、土星の衛星にはメタンが雨となって降る。別の衛星では、厚い氷の下に地球より大量の水が隠れている可能性さえある。
ただし、これらをすべて同じ意味で『海』と呼ぶことはできない。氷として閉じ込められた水、地表を流れる炭化水素、氷の下に隠れた塩水は、まったく違う環境なのだ。
4つの天体における液体・氷の比較。NASAの研究紹介に基づくオリジナル模式図。天体の大きさ、氷の厚さ、海の深さは実際の縮尺ではない。
太陽に最も近い水星にも、氷が残る場所がある
水星の昼の表面温度は430℃に達することがある。それほど熱い星に氷が存在すると聞いたら、不思議に思うかもしれない。しかし惑星の『日当たりのよい地表』と『太陽光が一度も届かない穴の底』では、温度の条件が違う。
水星の自転軸はほとんど傾いていない。そのため極地にある深いクレーターの一部には、太陽の光が常に遮られる永久影がある。こうした場所はとても冷たく、水の氷が長い期間保存される可能性がある。
つまり『水星は高温だから水の氷があり得ない』という直感は、惑星の中の温度差を見落としている。なお、ここにあるのは地表を流れる海ではなく、暗い場所に蓄えられた固体の氷だ。
タイタンでは、水の代わりにメタンが川をつくる
土星最大の衛星タイタンは、濃い大気を持つ珍しい衛星だ。その表面は約−180℃の極寒。地球なら気体で存在するメタンやエタンが液体として保たれ、湖や海のような広がりをつくる。
探査機カッシーニのレーダー観測から、タイタンには川の通ったような地形や液体の湖・海があることが分かった。メタンは蒸発して大気に入り、雲や雨となって再び地表へ戻る。地球の水循環とよく似た液体の循環が、まったく違う物質で起きているのだ。
ここで主役の座が逆転する。タイタンでは水は岩のように硬い氷となり、流れる液体として振る舞うのがメタンになる。『川や湖の形がある』ことから、すぐに地球と同じ水環境を想像するのは早い。
エウロパの海は『表面』ではなく氷の下
木星の衛星エウロパの表面には、長い筋や亀裂が走っている。氷の割れ目の下には、世界全体を覆う液体の塩水の海が存在すると考えられている。
その手がかりの一つは磁場だ。探査機ガリレオは、エウロパの周囲で木星の磁場と相互作用する電気を通す層があることを示す観測結果を得た。塩水は電気を通すため、厚い氷の下にある海という説明とよく合う。
NASAはこの海に、地球の全海洋の水量の約2倍に相当する水がある可能性を示している。エウロパは地球よりはるかに小さいのに、地表に見えない場所へ大量の水を蓄えているかもしれない。
NASAの探査機エウロパ・クリッパーの目標は、生命を見つけたと断言することではない。氷の厚さ、海の性質、化学物質やエネルギーの条件を調べ、生命が暮らせる環境なのかを確かめることにある。
エンケラドスは、氷の下の海を宇宙へ吹き出している
土星の小さな衛星エンケラドスの南極には、長い割れ目がある。そこから水蒸気や氷の粒子が噴き出し、宇宙空間へ広がっている。探査機カッシーニはこの噴出物を観測し、地下の液体の海に関する重要な手がかりを得た。
さらに不思議なことに、噴出した粒子の一部は土星のE環の材料になる。衛星の奥にある水の海が、惑星の周りに見える環の維持に関わっているのだ。
ふつう地下の海を調べるには厚い氷を掘る必要があるが、エンケラドスでは内部の物質が自然に飛び出してくる。そのため、地表へ着陸して氷を掘らずとも、噴出物を調べることで化学的な情報を得られる。
『水がある』のと『生命がいる』のは別
地球では水が生命の活動に欠かせない。しかし液体の水さえあれば生命が必ず生まれる、という意味ではない。適切な化学物質、利用できるエネルギー、環境の安定性なども重要になる。
太陽系の調査が教えてくれるのは、同じ水分子でも居場所や温度、圧力によって姿が大きく変わるということだ。氷の陰、メタンの湖、地下の海、宇宙へ噴く水。『海を探す』とは、地球そっくりの青い惑星を探すだけではない。
それぞれの天体の観測や研究の根拠は、末尾のNASA資料から詳しく確認できる。