アルバニアの海岸や畑を歩くと、地面からコンクリートの丸い頭が突き出している。小さなキノコのように見えるものもあれば、草木に半分埋もれたものもある。戦争の記念碑ではない。かつて本当に銃口を敵へ向けるためにつくられた、小型の防御施設だ。
冷戦期にアルバニアを支配したエンヴェル・ホッジャは、周囲の国々がいつ攻めてくるか分からないと考えていた。西側の国々だけでなく、かつて関係の深かったソ連や中国とも対立を深め、国はますます孤立していく。そんな中で進められたのが、全国へのトーチカ建設である。
アルバニア国軍博物館の記録では、1983年までに建設された防御施設は約17万3千基に上る。山の尾根や海岸だけでなく、畑、村の近く、街にも配置された。戦争になれば住民や兵士が防御に使う想定だったが、想定していた規模の侵攻は起こらなかった。
体制が変わった後、問題になったのは数だけではない。分厚いコンクリートで固められているため、撤去にも手間と費用がかかる。一部は倉庫やカフェ、美術施設などに転用され、ほかは風景の中に残された。
国土全体が要塞になるという構想は、国を守るはずの施設を日常の景色の一部にしてしまった。現在のアルバニアを旅すると、かつて国家が何を恐れていたかが、コンクリートの形で残っている。
