1858年8月、イギリスのヴィクトリア女王はアメリカ大統領ジェームズ・ブキャナンへ祝辞を送った。大西洋の海底に敷いたばかりの電信ケーブルを使って、二つの大陸が直接言葉を交わしたのである。
当時、北米とヨーロッパを行き来する手紙は船で運ばれ、到着まで十日前後かかることがあった。電気信号なら海を瞬時に越えられる。人々が熱狂したのも無理はない。
ところが女王の祝辞が伝わるまでには、約16時間もかかった。海を渡った最初の通信が、今の感覚でいう「即時メッセージ」とはほど遠かったのだ。

1858年刊行の木版画。写真ではない歴史資料。画像:Edwin Weedon / The Illustrated London News / Wikimedia Commons / Public domain(表示サイズを縮小)
海の底に線を引くという難工事
電信は、言葉を電気信号に変えて送る仕組みだ。陸上なら電線を電柱に架ければよい。しかし大西洋には、途中でケーブルを支える電柱がない。数千キロメートルにわたって、重く長いケーブルを船から少しずつ繰り出す必要があった。
途中で切れれば回収も難しい。1857年の敷設は失敗し、翌1858年にようやくヨーロッパと北米がつながった。
それでも問題は残っていた。長いケーブルを通る弱い電気信号は読み取りにくく、伝送は遅かった。女王の短い祝辞に長時間かかったのは、海底にケーブルさえ置けば実用通信が完成するわけではなかったからである。反対方向の返答は、より短い時間で送られたと科学博物館の記録に残る。
世界を変えたケーブルは、すぐに壊れた
完成の喜びは長く続かなかった。最初の大西洋横断ケーブルは数週間で使用できなくなった。壮大な工事が成功しても、耐久性と通信品質を両立することは別の難題だった。
その後も資金と技術を投入し、1866年には安定した大西洋横断の電信通信が実現する。外交や商取引の情報は、船の到着を待たずに行き来できるようになった。
ここで重要なのは、1858年のケーブルが完全な失敗ではなかったことだ。人々は大陸間の通信を「何日」ではなく「何分・何時間」で考えられると知った。失敗した最初の試みが、次の投資と改良を支えた。
今のインターネットの光ファイバーと、当時の電信線は技術的にはまったく違う。それでも「広い海の向こうと通信するには、海底に線を通す」という発想は、十九世紀の大工事から続いている。