アルジェリア南東部のタッシリ・ナジェールには、奇妙な組み合わせがある。周囲に広がるのは乾燥した岩の台地。それなのに岩壁には、牛の群れや人々の暮らし、さらにはカバのような水辺の動物まで描かれている。今の景色だけを見ていれば、この絵の舞台が同じ土地だったとは思いにくい。
サハラは、いつの時代も現在のような砂漠だったわけではない。過去には降雨が増え、草原や湖が広がった時期がある。タッシリ・ナジェールの岩絵は、そうした環境の移り変わりと、その土地で暮らした人間の生活を重ねて見せてくれる。
ユネスコによると、この地域では1万5000点を超える絵や線刻画が確認されている。描かれた題材も一様ではない。大きな野生動物、牛の放牧に関わる場面、馬やラクダなど、時代ごとに目立つ動物が変わっていく。何千年もの間、別々の人々が岩に絵を残したため、そこには一枚の風景画ではなく、長い歴史が積み重なっている。
もっとも、壁画だけで当時の降水量を細かく測れるわけではない。気候の研究では、湖の堆積物や地形など別の証拠も使う。それでも、現在の砂漠にカバや牛の姿が残っていることは強烈な手がかりだ。環境が変われば、そこにいる動物も、人々の暮らしも変わる。
タッシリ・ナジェールでは、風と水に削られた砂岩が、柱のような奇岩をつくっている。その岩の壁に残った絵を順に見ていくと、砂漠の風景の奥に、草地で家畜を追っていた人々の時代が現れてくる。
