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「クック諸島」と名付けたのは、クック船長ではなかった

更新日:2026-10-30

クック諸島と聞けば、イギリスの探検家ジェームズ・クックが名付けた島々だと思うだろう。たしかに、この名前はクック船長に由来する。だが、実際に「クック諸島」という名前を広めたのは、本人ではない。

1900年に刊行されたクック諸島とニュージーランド周辺の歴史地図
1900年に作られたオーストラリア・ニュージーランド・クック諸島周辺の歴史地図。 写真・地図:Archives New Zealand / Flickr / Wikimedia Commons / CC BY-SA 2.0(表示サイズのみ調整・改変なし)

クックは18世紀、太平洋を探検し、現在のクック諸島に属するいくつかの島を訪れた。しかし、彼がこの一帯を「クック諸島」と命名したわけではない。クックは一部の島々を「ハーヴィー諸島」などと呼んでいた。

それから数十年後、ロシアの航海者・地図製作者クルーゼンシュテルンが、クックの功績をたたえて「クック諸島」という名称を地図などで用いた。つまり、イギリスの船長を記念して名付けたのは、ロシア側の人物だったのである。

しかも、現在の中心地であるラロトンガ島は、クック本人が確認しなかった島として知られる。島々はもともと、それぞれ独自の名前と歴史を持っていた。ヨーロッパの探検家たちが後から一帯に付けた名前が、今日の国名として定着したのだ。

クック諸島は現在、ニュージーランドと自由連合関係にある自治国で、独自の政府と対外関係を持っている。

今日の国名には、島々のもともとの名前とは別に、イギリス人の航海を記念したロシア人の地図製作という、思いがけない経緯が残っている。

REFERENCES

参考文献・出典

  1. Cook Islands Tourism, “Our History and People” ↗Cook Islands Tourism
  2. National Museums Scotland, “Pacific Collections: Cook Islands” ↗National Museums Scotland

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